〜そして世界中に笑顔を〜

「麺屋こころ」開業ストーリー

Story01「麺屋こころ。旅のはじまり」

株式会社こころ 代表取締役 石川琢磨

1983年10月生まれ、愛知県出身。名古屋市在住時代に「元祖台湾まぜそば」の味に衝撃を受けて、その店「麵屋はなび」のオーナーに修業を申し出る。1年間修業を積み、「東京に行って、台湾まぜそばを広める」という志を抱き、2012年1月に「麵屋こころ」1号店となる大岡山本店をオープン。現在、国内26店舗(うちFC21店舗)、海外10店舗を展開。*2020年10月現在

「麵屋こころ」を展開している株式会社こころの代表、石川琢磨は笑顔が似合う爽やかな人物だ。話していると心根がしっかりとしていてブレがない。この人の生き方についていこうと感じさせるオーラがある。「麵屋こころ」のFCオーナーたちは、こんな石川の人柄に引かれてこの店で商売しようと決断したのだろう。

 

石川が「麵屋こころ」の看板商品である「台湾まぜそば」と出合ったのは2010年のこと。当時石川は名古屋に住んでいて居酒屋で働く傍ら、食べ歩きをしながら飲食店で起業するチャンスをうかがっていた。

「元祖台湾まぜそば」の主人に修業を申し出る

当時、名古屋では「台湾まぜそば」というラーメンが話題になっていて、それが気になる石川は、その元祖である「麵屋はなび」を訪れた。この店は2008年8月にオープンしていて、「元祖台湾まぜそば」は、オーナーの新山直人氏が名古屋で人気の「台湾ラーメン」の汁なし版として考えだしたものだった。台湾ラーメンの試作でトッピングの台湾ミンチをつくったところ、失敗作だと思い捨てようとした。すると、料理に覚えがある女子の従業員から「これをゆで上げた麺の上にのせてみては」と提案されて、その通りにやってみたところ、おいしいものができあがったという。

 

石川が初めて元祖台湾まぜそばを目の前にして「これはラーメンか?」と衝撃を受けた。汁なしの麺の上にネギ、ニラ、海苔、真ん中にひき肉があって、その上に卵の黄身がのせてある。ビジュアルも全く想定外だ。食べてみると生まれて初めての味付け、もちもちの食感に感動した。

 

これがきっかけとなり、名古屋の汁なしそばを食べ歩いた。そこで確信したことは、「台湾まぜそばは、他のラーメンと全くかぶらない、個性が際立っていて何度も食べたくなる」ということだった。石川はますます台湾まぜそばの虜になった。そして、「台湾まぜそばで、東京で勝負したい、東京で広めたい」と思い込むようになった。

 

新山氏は石川の5歳上で、知人を介しての知り合いだった。そこで石川は新山氏に「このラーメンのつくり方を覚えさせてください」とお願いした。新山氏はさばけた性格で「ああいいよ、東京で広めてくれよ」と快諾した。

 

こうして、石川は新山氏の店で修業に入る。日中のほとんど毎日「麵屋はなび」で働き、夜は居酒屋で働いた。中身の濃い修業の日々は1年間続いた。

高校時代の同級生と二人、知人のいない東京で起業

東京で台湾まぜそばを売り出すことに際して、商品を若干アレンジした。

まず、麺を変えた。より太くして、もちもち感をさらに増した。ネギは一般のものから九条ネギに変えた。九条ネギは高いものだが辛味が弱く、季節によっては甘くなる。ひき肉の辛さを若干弱めにして、タレをオリジナルでマイルドなものにした。豚、鶏、カツオ系の粉末から取ったスープに、海老、ニンニク、ネギで香りをつけた香油とさば粉を入れた。

 

さて、いざ東京である。8年前の29歳のときに上京。石川と同じ夢を見て一緒に歩む相棒は高校の同級生、石原剛史である。石原は今も「麵屋こころ」の幹部で、FCの立ち上げをはじめSV(スーパーバイザー)として活躍している。

 

「東京で勝負する」といっても、東京には地縁どころか知り合いというものも全くいない。そこで飲食店関連の業者にお世話になり物件を紹介してもらった。それは大田区南千束、現在の「大岡山本店」である。7坪の2階建てで、1階が8席の元ラーメン店、2階が住まいになっていた。二人にとってはとても都合のいい物件だった。かなりボロボロだったが、追加投資は100万円以内に収めることができた。こうして2012年1月より「麵屋こころ」の東京での勝負がはじまった。

 

「麵屋こころ」の店名に込めた思いとは。「こころを込めておいしいラーメンをお客さまに提供する」ということ。「心」の文字も平仮名の「こころ」とすることによって、お客さまにとって覚えやすいのではないかと考えた。

 

創業店では、まぜそば5種類、汁そば3種類でスタートした。この8種類のレシピはすべて「麵屋はなび」で教えてもらったものだ。看板商品は「台湾まぜそば」だが、汁そばがあることでリピーターにつながる。この狙い通りに地元の客がリピーターとなり繁盛するようになった。店は忙しくなり、若い気立てのいい女子をアルバイトで雇い入れた。

「人生を楽しむため」に「家族」としてつながる

オープンしてそろそろ1年がたとうとしていたその年の暮に、石川は石原と女子アルバイトの3人でささやかながらも忘年会を開いた。「さあ飲むぞ」と意気込んだその時に、石原がこう切り出した。

「俺たち結婚します!」

石川はビールを噴き出した。そこで、石川はこう思った。

「そうだ、家族ができるんだ。めでたいことじゃないか」

石原とその女子には子供も生まれて、幸せに暮らしている。

 

「麵屋こころ」代表である石川とFCオーナーとのつながりは、この家族の感覚だ。

 

オーナーは個人、法人はこだわらない。物件は石川とオーナーとが一緒になって探す。オーナーが「ここでやりたい」ということであればそれを尊重する。そして石川はこう語る。

「物件選びには正解がありません。今は固定費を抑える時代でしょうし、SNSの時代ですから一等地にこだわる必要は全くないです。そもそもラーメン屋さんとは、立地がよくなくても、お客さまがわざわざやってきてくれるという業態ですから」

 

店の内装は、オーナーの意向を尊重して自由に作ってもらっている。その理由は「オーナーさんそれぞれの考え方が違うし、商売に対する感性も違いますから。オーナーさんには心地よく商売に取り組んでいただきたいです」と石川は語る。

「ただし絶対に守っていただきたいのは、食材、看板、本部指定のものを使うことです」

 

 これがチェーン店の根幹である。商売の原資となるものは全員が同じものを共有し、商売のやり方はオーナーの采配に任せる。これによって「麵屋こころ」それぞれの店に、固有の空気感が醸し出されて、客にとっては同じ看板、同じ商品であっても、さまざまな味わいを楽しむことができるというものだ。

 

 石川の心根にある想いは、「人生を楽しもう」ということだ。それを「麵屋こころ」のオーナーには、家族のようなつながりによって体感してもらいたいと考えている。

© 2020 FOOD BUSINESS ROAD